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nyamazakiシャンデリアです!

小銭王としての成長記録を日々をつづっていきたいと思います。
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スペイン その2 「30過ぎて、空港に野宿in スキポール空港」

 2010年12月中旬、ヨーロッパを大寒波が襲った!らしいです。

そのあおりを受けて、今回の旅行は出だしからつま付きました。
成田空港を出発して数時間、「あともう少しでオランダかな」などと話していたら、

機内アナウンスが
オランダ、スキポール空港は悪天候の為現在、
クローズしております
当機はデュッセルドルフ空港へ一次着陸します。
乗り継ぎ便等への影響がないよう、ベストを尽くします」的なことを言った。

一瞬、デュッセルドルフってどこよと思ったが、ドイツらしい。
こんなこと初めてだと思ったが、この状況を楽しもうと思う。(お!大人!)

数十分後、機内アナウンスが
「デッュセルドルフ税関が入国を許可しませんでした。
このまま機内でお待ちください。」(やはりドイツ人)
その後「オランダスキポール空港へ参ります。おくれは2時間くらいです

おくれたけど良かった良かった。
騒ぎだす乗客もいないし、みんな大人ダネ!と思っていた。

スキポール空港へ到着後、エコノミー席後ろ側だけ、ドアが解放された。
エコノミー客はドドっと外へ出た。私たちもトランジットのため、急いだ。
現地時間19:30 くらいだろうか。(トランジットは3時間オーバーしている)
でも、このとき私はちょっと嫌な予感がした。

「なんで、普段は一番最後におろされるエコノミー客側のドアを解放したんだろう。」
そして予感は的中した!!!!(これが本厄の力か。)

よく考えてみりゃ、さっきまでクローズしていた空港にとばせる飛行機なんて無いのだ。
トランジットのゲートへ行ったが、すでに大騒ぎになっていた。

「予定の便はキャンセルされた」
「この窓口もクローズする」(閉店の意味らしい)
「振替は未定。トランスファー2の窓口へ並んでくれ。窓口は、明朝開く」→!?!?!
  
つまり、窓口が明朝開くまで、空港内で野宿決定である。
(大量のトランジット難民が出たまま、航空会社の窓口はクローズし、
空港内インフォメーションもパニック状態になっていた。)
トランジットホテルは無理だろう。
30過ぎての野宿はつらい。
おそらく、エコノミー客を先におろして、ビジネス以上には何らかの保証があったのではないかと恨む。

○旅のポイント○
大騒ぎの中、取り急ぎ旅行会社緊急連絡先と、旅行保険会社へ連絡した。
航空機遅延と手荷物遅延を報告した。

「トランスファー窓口へ並んでください。ただし、みんなが殺到する中、
日本人は押しに弱いので負ける傾向があります。
ぜひ、自己主張を強くもってグイグイ行ってください。
また、窓口だけでなく、マドリッド行きのゲートが開いたら是非そこへも行ってください。また前回、同様のとき航空会社が振り分け作業をしていました。
こまめにチケットをチェックしてください」とのアドバイス。


○旅のポイント○
今回、航空機遅延と手荷物遅延が付いた旅行保険に加入していた。
通常、インターネットなどで入れる旅行保険はデフォルトでは
上記が含まれていないことが多い。
ぜひ、冬ヨーロッパへの旅行を計画している方は、
上記をオプションで申し込みされることを強くお勧めします。

寒波なんて、毎年あるだろうけど、何にも対策とられてません。
自分の身は自分で守るのだ!


結果的に、空港には24時間程度滞在した
旅行保険に入っていたので、その間の飲食が全て対象になるので飢えは無かった。
当座のメイク落としと下着を購入した。

○旅のポイント○
手荷物には「1泊分のスキンケア、下着は必須」です。
空港内で購入すると、所謂ブランド品しか無い為、非常に高く付きます。

トランスファー2窓口へ並ぶ行列は500メートル以上はあった。
みんな徹夜で並んでいた。
また、航空会社のゲートが開けば、難民はパスポートもってカウンターへ殺到し、
搭乗手続きを請いた。
このとき、航空会社HPでは「beyond our control」と書いてあったらしい。
受験時代に覚えた言葉が役に立ったね!!


写真。みんな1日以上、並んでいます。



乗り換えゲートでは、押し合いへし合い、大喧嘩が凄かった。
映画タイタニックで救助ボートへ群がる乗客のシーンがあったが、まさにそれだった。
「老人と子供を優先させろ」という紳士がいたが、彼は老人だったので真っ先に乗っていった。

結局、到着後20時間後に、トランスファー窓口で16時台のチケットをとることが出来た。
航空会社は最後まで振り分け作業をしなかった。
全て自力の交渉(外人との大喧嘩)であった。
自分たちの後ろに並んでいたスイス人の姉妹?は、我々よりさらに前の日から空港にいたという。

親からいただいた教育レベルに感謝しつつ、「また強くなってしまったな」と、
自分らの根性強さにゲンナリした。
このときの感情は未だに言語か出来ない。
お互い疲れ斬った表情ではあった。達成感もかけらも無かった。

とりあえず、今回の件で飛行機がトラウマになりました。
当分、水色の制服は見たくないです。

たよりになるのは旅行会社と保険会社の皆様と優秀な女友達でした。


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